記事を3行で解説
➀養父母の期待を背負うも大学を中退してカリフォルニアへ自分探しにいったラリー・エリソンは、データベース技術「RDB」を実用化し、Oracleを創業した。
➁強引な企業買収など、持ち前の強烈なビジネスセンスでOracleを世界的なIT帝国へと成長させた。
➂ハワイの島購入など規格外の金銭感覚を見せる一方、日本文化を愛し、親友ジョブズと絆を深めるなど、自らの夢を追い続けた異端児である。
GoogleとかAmazonはちょっと毛色が違うから…
Adobeとか?それともSAP?
正解は「Oracle(オラクル)」じゃ!
一般人にはあんまり馴染みがないから意外ですね!
そして、そのOracleを一代で築き上げた「ラリー・エリソン」は、IT業界きっての規格外な男!
ラリー・エリソン、どん底の生い立ちからの「自分探し」

現在、ラリー・エリソンの純資産は、株価の変動にもよりますがなんと約1400億ドル(日本円にして20兆円超え!)にも達すると言われています。
現在はCEOを退いてCTO兼会長となっていますが、80歳を超えた今もゴリゴリ実権を握り続けています。
カリフォルニアの超絶豪邸に住み、巨大なプライベートヨットを乗り回し、世界各地に途方もない額の不動産を所有するラリー。
しかし、決して最初から順風満帆なおぼっちゃまだったわけではなかったのです!
反抗的で不愛想な青年

1944年、ニューヨークのブロンクスで誕生したラリー。
お母さんはまだ19歳の未婚女性でした。
生後わずか9ヶ月で重い肺炎にかかってしまったラリーを、お母さんはシカゴに住む叔母夫婦に預け、なんとそのまま姿を消してしまったのです…
実の両親と離れ離れになり、養父母のもとで育った彼は、ずば抜けて頭脳明晰だったものの、ちょっぴり反抗的で不愛想な青年に成長します。
そんな彼に対し、養父母は「人生で成功したいなら、絶対に医者になるべきだ!」と固く信じて疑わず、ラリーに医学の道を強く強要しました。
周囲のプレッシャーもありイリノイ大学へ進学した彼は、なんと科学系のトップ学生に選ばれるほどの超・優秀っぷり!
ところが大学2年目のとき、養母が亡くなるという悲しい出来事が起きます。
これをきっかけに、ラリーは期末試験を受けることなく、そのまま大学をあっさりと中退。
どれだけ成績が良くても、彼自身はどうしても医者という仕事に1ミリも興味が持てなかったのです。
自由になるためカルフォルニアへ

そして1966年、22歳になったラリー青年は、大きな決断を下します。
なけなしの全財産と、お気に入りのジーンズ、着古した革ジャン、そしてギターだけを愛車にドサッと詰め込み、親戚たちの期待から逃げるように、太陽が輝くカリフォルニアへとアクセルを踏み込んだのです!
ギター持ってカリフォルニアへって…、真逆でした!
1960年代のカリフォルニアは、ヒッピー文化や反戦運動、言論の自由運動が吹き荒れる「カウンターカルチャー」の聖地だった
ラリーもそんな自由で革新的な空気を吸い、他人が決めたレールではなく、自分が本当にやりたいことを見つけたかったんだ!
神のお告げ!最強のリレーショナル・データベース開発秘話

カリフォルニアにたどり着いたラリーの心をまず掴んだのは、雄大な大自然でした。
リバーガイドやロッククライミングのインストラクターとして大自然と戯れ、自由を満喫する毎日。
とはいえ、霞を食べて生きていくわけにはいきません。
生活費を稼ぐために彼が選んだのは、大学時代にちょこっとかじっていたプログラマーの仕事でした。
エンジニアへ転職
彼が移り住んだバークレーの対岸には、のちに世界を揺るがすITの聖地「シリコンバレー」ができつつありました。
ラリーは持ち前のキレッキレの頭脳を活かし、「アムダール」や「アンペックス」といった当時の最先端企業を次々と渡り歩きます。
そしてアンペックス時代、ついに運命の出会いが。
CIA(中央情報局)向けのデータベース構築プロジェクトに参加することになったのです。
この極秘プロジェクトのコードネームこそが…そう、「Oracle(神託)」でした!
やりがいは、自分で作ればいい!

しかし、雇われの身では「心から価値がある!」と熱狂できる仕事にはなかなか出会えません。
「やりがいのある仕事がないなら、自分で会社を作っちゃえばいいじゃないか」
1977年、彼はかつての同僚たちを誘い、自己資金わずか1200ドルで「SDL社(のちのOracle)」を立ち上げます。
彼らが目をつけたのは、巨大企業IBMの研究者が論文で発表したものの、まだ誰も実用化できていなかった「リレーショナル・データベース(RDB)」の開発。
RDBとは、データを表形式でスッキリ管理し、別々のデータ同士を紐づけて柔軟に検索・抽出できる、当時としてはまさに魔法のような画期的システムでした。
「絶対ムリ」と言われるほど燃え上がる男

当時は、あのIBMでさえ「理論上は素晴らしいけど、コンピュータの処理速度が全然追いつかないから商品化なんて絶対ムリ!」とサジを投げていました。
しかし、周囲から「無理だ」「お前らクレイジーだ」と言われれば言われるほど、逆にメラメラと燃え上がってしまうのがラリー・エリソンという男。
彼は自らスカウトした天才プログラマー集団を率いて猛烈なスピードで開発を推し進め、1979年、ついに世界初となる実用的な商用RDBを完成させました。
そして、この記念すべき最初の製品を、「Oracle 2」と名付けて世に送り出したのです!
事実、この「Oracle 2」を真っ先に買ってくれたのはCIAや空軍基地などの政府機関だったからな
剛腕すぎてドン引き? オラクル帝国の圧倒的拡大と血も涙もない買収劇

1983年、ラリーは会社名を、主力製品と同じ「Oracle」へとサクッと改名します。
するとどうでしょう。
Oracleのデータベースはまたたく間に世界中の企業のハートを鷲掴みにし、なんと「毎年売上が倍増する」というジェットコースターのような急成長!
その勢いのまま1986年、ラリーが42歳のときにOracleは華々しく株式上場を果たしました。
しかし、調子に乗りすぎた代償はすぐにやってきます。
倒産の危機

1990年のこと。
ボーナスが欲しくてたまらない営業マンたちが、架空の売上やまだ回収できていない契約をバンバン計上してしまったのです。
その結果、会社は初の赤字に転落し、まさかの倒産危機に直面!
ここでラリーは、トップとして冷徹な大ナタを振るいます。
なんと全社員の10%にあたる約400人を即座に解雇し、マネジメント陣も総とっかえ。
この血の滲むような大手術の甲斐あって、Oracleは見事なV字回復を果たしました。
「自社開発」から「爆買い(M&A)戦略」へのシフト
この危機を乗り越えた後、ラリーの戦い方は「全部自分たちで作る」から「豊富な資金力でライバルごと飲み込む」へと超アグレッシブに進化します。
圧倒的な資金力を武器に、「ピープルソフト」や「シーベル・システムズ」といった強力なライバル企業に次々と敵対的買収を仕掛け、自らの陣地に加えていきました。
そして極めつけは2010年。
あの有名なプログラミング言語「Java」の生みの親である名門企業「サン・マイクロシステムズ」も買収!
これにより、Oracleはソフトウェアの枠を超え、ハードウェアやITの基礎技術まで丸ごとゲット。
名実ともに「絶対的なITの巨人」へと進化を遂げたのです!

遅れてきたクラウドの覇者
近年、「Oracleはクラウド市場への参入が遅れたのでは?」という厳しい声もありました。
でも、そこは超・負けず嫌いのラリー。黙って引き下がるわけがありません。
「AmazonのAWSは時代遅れだ!」と王者に公然と喧嘩を売りまくり、すさまじい執念で自社の「Oracle Cloud」を猛プッシュ。
結果的に、現在ではクラウド市場でも圧倒的な存在感を見せつけ、会社の年間売上高はなんと500億ドル(約7兆円以上!)を軽々と突破しています。
転んでもただでは起きない、まさに不死鳥のような強さです。
ラリーはテスラの社外取締役を務めていた時期もあるし、「イーロンは私の非常に親しい友人だ」と公言している
天才で変人っていう共通点がありますもんね!
島を丸ごと買う!ラリー・エリソンのお金の使い道
Oracleの上場で42歳にしてミリオネア、49歳で10億ドル以上の大富豪ビリオネアへと駆け上がったラリー。
世界トップクラスのスーパーリッチとなった彼の「お金の使い方」は、もはやスケールが違いすぎて笑ってしまうレベルです。
ライバルに勝つためならヨットも伸ばす!

若い頃から海を愛してやまなかった彼は、巨大なプライベートヨットの建造にドハマりします。
彼がオーダーした「Rising Sun号」は、当初は全長120メートルの予定でした。
ところが!犬猿の仲であるマイクロソフトの共同創業者、ポール・アレンのヨットが「126メートル」だと耳にした瞬間、ラリーの負けず嫌いが大爆発。
「設計図を書き直せ!」と、強引に138メートルまで延長させてしまったのです。
建造費はなんと2億7000万ドル(約400億円)以上!
さらに、ヨットレースの最高峰「アメリカズカップ」に入れ込みすぎたことが離婚の一因になったとも言われていますが…。
ちなみにラリーは、過去に4回結婚して4回離婚しています。
究極の大人買い!ハワイの島を丸ごとゲット

ヨットもすごいですが、さらにヤバいのが不動産。
カリフォルニアに数十億円の豪邸をポンポン買うのはほんの序の口。
2012年には、なんとハワイ諸島で6番目に大きい「ラナイ島」の土地の98%を、約3億ドルで島ごと買い取ってしまいました!
島には約3500人の住民が暮らしているのですが、現在彼はこの島を丸ごと「サステナブルな健康とリゾートの島」へと壮大にプロデュース中です。
ラリーは島を買収した後、このホテルを自分好みに完全リニューアルしてしまったのよね!?
格が違うぞ
ラナイ島のホテルの名前は「センセイ(先生)」っていうのね!
ラリーは極度の日本オタクでもあるんだよ
親日家ラリーの素顔と、未来を切り拓くメッセージ

実はラリー・エリソンは、シリコンバレーでも有名な「超・親日家」!
若い頃に富士通や日立といった日本の企業と仕事をしたのがきっかけで、日本文化、とくに「禅」の精神や日本庭園の美しさにすっかり魅了されてしまいました。
かつて所有していたヨットの名前は、なんと「サヨナラ号」。
カリフォルニアにある数百億円の広大なご自宅は、京都の「桂離宮」をそっくりそのまま再現した純和風の豪邸と、本格的な日本庭園というから驚きです。
さらに2010年には、京都の南禅寺界隈にある歴史的別荘「何有荘」を80億円以上のキャッシュでポンと購入し、大きな話題を呼びました。
ただ一人の親友、スティーブ・ジョブズ
ビジネスではライバルたちと激しくバチバチやり合うラリーですが、彼には唯一心を許した親友がいました。
それが、Appleの創業者である故スティーブ・ジョブズです。
「打倒マイクロソフト!」という共通の情熱(?)で意気投合した二人は、毎日のように一緒に散歩をするほどの仲良しに。
ジョブズが結婚式を挙げた際には、なんとプロのカメラマンを雇わず、ラリーが公式カメラマンとしてせっせと写真を撮ったという、ちょっと意外で心温まるエピソードも残っています。
常識に反抗し続けた「異端児」の素顔

華やかなエピソードの裏で、彼の生い立ちは決して平坦なものではありませんでした。
幼い頃に両親と離れ離れになり、48歳になってようやく実の母親と対面を果たしましたが、父親とは生涯会うことはありませんでした。
周囲が押し付けてくる「常識」や「普通のレール」に徹底的に反抗し続けた人生。
その果てに、彼は自分自身の力で20兆円規模の資産と、世界を動かす巨大なテクノロジー帝国を築き上げたのです。
「情熱を傾けられる仕事が見つかるまで、探し続けるべきだ。ほかの誰かの夢ではなく、自分自身の夢を叶えるチャンスが、君たちには必ずある」
これは、2016年の南カリフォルニア大学の卒業式で、ラリーが学生たちに贈ったスピーチです。
常識を疑い、誰になんと言われようと自分の心の声に従い続けた、シリコンバレー最強の異端児。
ラリーだからこそ言える、とても重みのある、そして勇気をもらえる言葉です。
ITエンジニアの年収はどう変わった?
ラリー・エリソンが創業したOracleは、世界を大きく変え、ITエンジニアの地位を大きく上昇させました。
そんなITエンジニアの平均年収、ちょっと気になりませんか?
ITエンジニアの年収は、一般的に約458万円~462万円と程度といわれています。
日本の平均年収より高い水準ですが、エンジニアの世界には、年収1,000万円超えのポジションもゴロゴロ。
せっかくのスキルを、「なんとなくの年収」で安売りしていないでしょうか?
ITANKENエージェントの利用がおすすめ
「年収をもっと上げたい!」 「自分にピッタリの案件を紹介してほしい!」 「案件を探す手間を省きたい!」
そんな方にプロのエージェントが非公開案件をご提案します。
選んだエージェントによって手取りが変わる!?

エージェントを利用することで高単価の仕事が獲得できたとします。
しかし、一般的なエージェントでは、報酬から25%程度のマージン(手数料)を取られてしまうのはご存じですか?
そうです。高年収を目指すにはマージンが低ければ低いほど手元に残るお金は増えますが、この部分はエージェントによりブラックボックスとなっており、あなたに開示されることはほぼありません。
エージェントサービスの手数料は一定ではなく、選ぶ業者によって、あなたの手取りが大きく上下することは、まずは知っておいていただきたい点の1つです。
そんな収入UPを目指す方のために、「マージンが最大10万円」という業界最安水準のエージェントサービスがあります。

この利益還元を重視したエージェントサービスを運営しているのは、現在、15期目のIT企業「ライトコード」。
代表は当時、フリーランスとして大手有名WEBサービスなどで活躍していました。
その中で、自身も不透明なマージンや労働環境に苦しんだ経験がありました。
業者によってマージン率は非公開で、報酬の内訳を公開していないことがほとんど。
未だに旧態依然とした状態が続く業界に一石投じるために、エンジニアへの利益還元と透明性を最優先に考えてスタートしたのが「ITANKEN」です。
ITANKENのプロのエージェントがあなたにピッタリの非公開案件をご提案します。
エンジニアの手取りUPを実現させる5つのお約束

ITANKENのポイントはこの5つ。
①マージンが最大10万円で業界最安値水準(記事)
②支払いサイトは15日で業界トップクラス(記事)
③公平性と透明性を重視したお取引(記事)
④エージェントは人柄を重視(記事)
⑤開発責任者は元フリーランス(記事)
仕事内容や単価などでお困りのことがあれば、まずはお気軽にご相談くださいませ!
一般的なエージェントのマージンが25%ってことは…
もし私が月単価80万円の案件をこなしても、毎月20万円も手数料で引かれてるってことですか!?
報酬の内訳を隠すブラックボックス、まさに旧時代のレガシーシステムだな
残りの10万円は毎月丸々、私の手取りに!?
カトウの大好きなゲームもたくさん買えるな!









