ウイルスの歴史【1990~1994年】いたずらが「兵器」へと進化した5年間

記事監修
(株)ライトコード代表取締役 金城直樹
元フリーランスエンジニア。「自分で作ったものを自分で触れないのは物足りない」と考え、BtoC向けのWebアプリ・モバイルアプリ開発を専門とした(株)ライトコードを2011年に創業。
「好きを仕事にするエンジニア集団」を掲げ、現在、50人以上のエンジニアを束ねる。会社経営の傍ら、今だに第一線で活躍するエンジニアでもある。開発のことなら何でもござれな「何でも屋」。趣味は釣り。

記事を3行で解説

➀1990年代前半、PCの普及に伴いアンチウイルスソフトが登場すると、ハッカーたちは自らを変化させる「ポリモーフィック型」ウイルス等で対抗し始めた。

➁「ミケランジェロ」によるメディアのパニック煽動や、ランサムウェアの元祖「OneHalf」など、現代に繋がるサイバー脅威の基礎がこの時期に誕生した。

➂実体のないデマメール「Good Times」が証明したように「人間の心理こそが最大の脆弱性」であり、時代は牧歌的な知恵比べから本格的なサイバー犯罪へと移行していった。


1990年代初頭。社会は大きな転換点を迎えていました。

これまで一部のマニアや研究者の「高価なおもちゃ」だったパソコンが、一般企業に導入され始め、人々の「仕事の道具」へと変わり始めたのです。

フロッピーディスクの中には、もはや遊びのデータではなく、企業の極秘資料や、失ってはいけない大切な顧客データが保存されるようになりました。

パソコンが社会のインフラに組み込まれたことで、そこに潜むコンピューターウイルスは、ただの「迷惑なプログラム」から「致命的な被害をもたらすデジタル兵器」へとその性質を凶悪化させていきます。

「盾」の誕生と、ハッカーたちの「怒り」

パソコンの普及に伴い、ウイルスからシステムを守るための「アンチウイルスソフト」を開発するセキュリティ企業が次々と産声を上げました。

彼らはウイルスの「指紋」を採取し、見つけ次第パソコンから駆除(削除)するシステムを作り上げます。

しかし、これがアンダーグラウンドに潜むウイルス作者たちの”強烈なプライドと怒り“に火をつけてしまいました。

「俺たちが心血を注いで作った美しいコード(ウイルス)を、金儲け主義の企業が作ったソフトごときがゴミのように消し去るだと?絶対に許さない。お前らのソフトを完全に無力化してやる」

ここから、アンチウイルス企業(防衛側)とウイルス作者(攻撃側)による、終わりのない技術的イタチごっこが始まり、サイバー空間の軍拡競争が幕を開けます。

「いかに長くシステムに潜伏するか」「いかにセキュリティソフトを出し抜くか」という、極めて陰湿で高度なソフトウェア工学の”パズルゲーム“へと没頭していったのです。

さらに、メディアが「見えないデジタル時限爆弾」の恐怖を大々的に煽り立てたことで、社会全体がウイルスの影に怯えるパニックの時代へと突入していったのです…!

目次

Tequila(テキーラ) – 1991年

1991年4月、スイスアルプスの麓でひっそりと産声を上げた「Tequila(テキーラ)」。

このウイルスはサイバーセキュリティの歴史において「アンチウイルス業界に最初の敗北感を味わわせた存在」として歴史に名を刻んでいます。

Tequilaは、データを意図的に破壊する悪意はありませんでしたが、感染すると画面に粗いフラクタル図形を描画し、「MACROSOFTの方がうまくやれるって証明してやるよ」というMicrosoftをパロディにした挑発的なメッセージを表示しました。

この「顔を変えるウイルス」の大流行により、アンチウイルス業界は従来の指紋照合だけでは太刀打ちできなくなりました

にゃん八にゃん八
こいつの恐ろしいところは、感染するたびに自分自身のプログラムコードを暗号化して「見た目」を全く違うものに変化させることだ
カトウカトウ
突然変異(ポリモーフィック)ってやつね!
にゃん八にゃん八
世界で初めて「広く大流行したポリモーフィック型ウイルス」として、セキュリティ業界をパニックに陥れたウイルスだったのだ

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MtE(突然変異エンジン)– 1991年

1991年末から1992年にかけて、ブルガリアのアンダーグラウンドから世界中にばら撒かれた「MtE(突然変異エンジン)」。

正体は、単体のウイルスではありません。

どんなショボいウイルスでも、感染するたびに姿を変える「突然変異(ポリモーフィック)型」に改造できる後付けのモジュールでした。

天才ハッカー「Dark Avenger」が、これを誰でも使えるツールとしてマニュアル付きで無料公開した結果、技術のない素人でも簡単にアンチウイルスをすり抜ける無敵のウイルスが作れるという大事件となりました。

これにより従来のセキュリティ技術は完全に無力化。

その結果、ウイルスの見た目ではなく”怪しい動き”を監視する「ヒューリスティック検知」という、現代のセキュリティソフトの根幹となる次世代防衛技術が誕生するキッカケとなりました!

サイバーセキュリティの歴史において、アンチウイルス企業にかつてないほどの絶望を与え、完全なるパラダイムシフトを強制しました。

MtEは、ハッカーの個人的な「いたずら」や「自己顕示欲」の産物を、誰でも使えるものへと昇華させてしまった、サイバー犯罪の工業化の第一歩とも言える恐るべきウイルスでした…!

カトウカトウ
アンチウイルス企業はパニックになったでしょうね
にゃん八にゃん八
大パニックどころか、一度は事実上の「敗北宣言」を出す一歩手前まで追い詰められたのだ。MtEの登場によって、従来のセキュリティシステムは完全に無価値になってしまった…
カトウカトウ
そこで怪しい動きをしていないか監視する「ヒューリスティック検知」が誕生したのか💡
にゃん八にゃん八
パソコンの中に安全な仮想空間を作り、そこで一度ウイルスを擬似的に実行させて、暗号を解かせた瞬間に正体を暴く「エミュレーター技術」が登場したんだ!

Michelangelo(ミケランジェロ) – 1992年

1992年の春、世界中のパソコンユーザーはある「予言」に震え上がっていました。

3月6日、あなたのパソコンのデータがすべて消滅する

この「ミケランジェロ」というブートセクターウイルスは、パソコンの内蔵時計がミケランジェロの誕生日である3月6日になった瞬間に起動し、ハードディスクの全データを物理的に上書き・破壊する時限爆弾でした。

このウイルスが社会現象になった最大の原因は、後にセキュリティ大手「McAfee社」を築くジョン・マカフィーの世界で500万台が破壊されるという大げさな予言と、それに飛びついたメディアの過剰報道です。

未知の脅威に対し、企業が「3月6日はパソコンの電源を入れるな」と通達を出したり、「3月5日の夜にパソコンの時計を3月7日に進めてしまえ」といったアナログな防衛策が真面目に実行されたりするほどの大騒ぎ。

しかし、迎えたXデー当日、実際に被害を受けたのは世界でわずか1〜2万台程度

「完全な空騒ぎ」に終わりました…

カトウカトウ
えっ?
空騒ぎだったの!?
にゃん八にゃん八
ジョン・マカフィーら、一部のセキュリティ専門家が「世界で500万台が破壊される!」とメディアの取材で大げさに煽り、メディアも飛びついてXデーとしてパニックを煽動しただけだったのだ
カトウカトウ
え!?
それってマッチポンプ…?
にゃん八にゃん八
そうかもな…
しかし、この過剰報道のおかげで、一般の人が数万円もする黄色や赤のパッケージの「アンチウイルスソフト」を家電量販店でこぞって買うようになった
カトウカトウ
恐怖を煽って安心を売る」という、巨大なセキュリティビジネスが完成した歴史的な事件だったともいえるのか💡

Monkey(モンキー) – 1992年

Monkeyは、正しいウイルス対策をしようとした人ほどデータをすべて失うという、最悪の罠を仕掛けたウイルスです。

ハードディスクの目次(MBR)を暗号化して隠し、ウイルス自身が先頭に居座ります。

普段はウイルスが裏で”暗号の通訳”をしてくれるため、感染していてもパソコンは普通に使えます。

しかし、ユーザーが「安全なフロッピー」から起動してウイルスチェックをしようとすると、通訳がいなくなるため、パソコンがハードディスクを全く認識できなくなります。

そこで当時の単純なアンチウイルスソフトを使い、「ウイルス本体だけを削除」してしまうと、暗号化された目次が元に戻らなくなり、すべてのデータが永遠に消滅してしまうタチの悪いウイルスでした!

にゃん八にゃん八
こいつはパソコンのMBRを別の場所に隠して暗号化し、自分自身がシステムを支配する
カトウカトウ
次に出てくる「OneHalf」みたいな人質型?
にゃん八にゃん八
似ているが、少し違う。
次にランサムウェアの元祖と言われているOneHalfというウイルスを見てみよう!

OneHalf(ワンハーフ) – 1994年

OneHalfは、現代のランサムウェアのルーツとも言える、1994年の極悪ウイルスです。

パソコンを起動するたびに、ハードディスクのデータを後ろから少しずつ、こっそり暗号化していきます。

ウイルス自身が裏で「暗号を解く通訳」として働くため、感染中もパソコンは普段通り使えてしまい、ユーザーは全く気づきません。

ユーザーがアンチウイルスソフトでウイルス本体だけを削除してしまうと、通訳が永遠に失われ、暗号化されたデータが二度と読めなくなるという致命的な罠が仕掛けられていました。

誰にも気づかれずハードディスクの「ちょうど半分(One Half)」の暗号化を終えると、画面に「Dis is one half.(これが半分だ)」というメッセージを出して正体を現します。

このウイルスの登場により、アンチウイルス業界は「ただウイルスを消す」だけでなく、「まず暗号を解いて安全な状態に復元してからウイルスを取り除く」という、高度な外科手術のような対応を迫られることになりました。

にゃん八にゃん八
どうだ?
現代の企業を脅かすランサムウェアの、恐るべきご先祖様とも言えるだろう?
カトウカトウ
身代金を要求してくるの?
にゃん八にゃん八
いや、お金は要求してこない。
Monkeyはあくまで「隠蔽」と「起動阻害」がメインだった。データを人質に取るというよりは、システムを壊して動かなくさせる破壊活動に近い性質を持っていた
カトウカトウ
それって、OneHalfと似てないの?
にゃん八にゃん八
Monkeyは、玄関の鍵を付け替えて家に入れなくする。OneHalfは、家の中にある金庫や書類をすべて特殊な暗号で書き換える。現代のランサムウェアの核となる技術はまさにこの「暗号化」であり、その先駆けだったのだ
カトウカトウ
なるほど!
俺(ウイルス)がここにいればデータは見せてやるが、俺を消したり逆らったりすれば、二度とデータは元に戻らないぞ」という脅迫が今のランサムウェアの元祖といえるわけか💡

Good Times(グッドタイムズ)- 1994年

1994年末に登場した「Good Times」は、プログラムコードを一切持たず、人間心理をハックして世界中を大パニックに陥れた、インターネット史上初のデマメールです。

「Good Timesという件名のメールを開くと、ハードディスクが破壊される!」

と書かれた、ただのテキストメールでした。

メール末尾の「あなたの知っている全員に転送して、みんなを助けてあげて!」という言葉を真に受けた人々が、純粋な善意と恐怖からアドレス帳の全員に一斉転送し、チェーンメール化しました。

善意の警告メールが何百万通と飛び交った結果、世界中のプロバイダや企業のメールサーバーが過負荷でダウンしました。

さらには警告文を紙に印刷してFAXで一斉送信するパニックまで起き、「人力によるDDoS攻撃」のような深刻な業務妨害をもたらしました。

実は、ウイルス本体は実在しませんでした。

どんなに強固なセキュリティシステムを構築しても、それを使う「人間の心理こそが最大の脆弱性になる」という事実を世界に知らしめた事件です。

これは、現代のフィッシング詐欺やSNSで拡散されるフェイクニュースの原点と言えます。

にゃん八にゃん八
…と、こんな具合に、みんなが善意でメールを送り合い始めたのだ。
カトウカトウ
うわあ…
みんな「誰かを助けなきゃ」って必死だったのね。
にゃん八にゃん八
その結果、世界中のメールサーバーが、この警告メールで埋め尽くされたのだ。
人間の行動そのものが、ネットワークを麻痺させてしまったのだよ
カトウカトウ
さらに、ネットに繋がってない人にまで教えようとして、FAXで一斉送信する人まで現れたんでしょう?
にゃん八にゃん八
ウイルスでパソコンが壊れるというデマのせいで、現実世界の紙とインクが大量に無駄になり、電話回線がパンクした。
これほど滑稽で、かつ恐ろしい「心理ハック」はないだろう?
カトウカトウ
「善意」が世界を壊しちゃうなんて、皮肉な話…
にゃん八にゃん八
ただ、今思えばこの頃は、Good Times(良き時代)で平和だった。
1995年以降は、ネット社会は大きく変貌してしまうのだ…!

サイバー空間の青春期(1990-1994)

フロッピーディスクがカシャカシャと駆動音を立て、分厚いブラウン管モニターがぼんやりと暗い部屋を照らしていた1990年代前半。

それは、コンピューターがまだ限られた人々の「魔法の箱」だった最後の時代です。

冷戦崩壊後の東欧の冷たいコンクリートの部屋で、あるいは見知らぬ街の薄暗いガレージで、天才的な頭脳を持て余した孤独な若者たち。

彼らがばら撒いたウイルスは、多くの人のデータを奪い、決して許されるものではありません。

しかし、その何千行というプログラムコードの裏側には、不気味なほどに血の通った人間の体温がありました。

彼らは「俺はここにいるぞ」「俺の技術を見てくれ」と、モニターの向こう側にいる見知らぬ誰かに向かって、ウイルスという名の歪んだラブレターを送り続けていたのかもしれません。

そして、私たちは実体のない「Good Times」のパニックを通じて、ある重大な事実に気づきました。

ネットワークを駆け巡っていたのは、冷たい電子データだけではなかったのだ、と。

「友達を助けなきゃ」「大切な人に教えてあげなきゃ」という、私たち自身の温かい「善意」こそが、海を越えて世界中を繋ぎ、そして時にはシステムをパンクさせてしまうほどの巨大なエネルギーを持っていたのです。

1994年が終わり、1995年。

翌1995年、「Windows 95」の産声とともに、世界は本格的なインターネットの大海原へと漕ぎ出します。

それは、人と人が物理的にフロッピーディスクを手渡し合い、笑い合い、時に騙し合っていた牧歌的な時代への、静かなる別れの宣告でした。

そこに待っているのは、もはや顔の見えない巨大な犯罪組織や、金銭を目的とした冷酷なサイバー戦争という大人たちの泥沼の戦場

もう二度と、あの不器用で、泥臭くて、奇妙な熱気を帯びた知恵比べの時代に戻ることはないのです…

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カトウカトウ
ちょ、ちょっと待ってください!
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にゃん八にゃん八
ふふふ…それも本人には知らせずにな…
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カトウカトウ
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にゃん八にゃん八
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