記事を3行で解説
➀1980年代、ネット以前のウイルスはフロッピーディスクを人が運ぶ「スニーカーネット」によって物理的に感染を広げていた。
➁高校生の詩が表示されるだけの悪戯や、違法コピーへの制裁など、開発者の動機は人間臭いものが多かったが次第に技術が高度化。
➂「モリス・ワーム」による大規模被害を機に世界はサイバー空間の脆弱性を認識し、セキュリティ対策(CERT)が本格化した。
1980年代、「フロッピーディスク」が生んだパンデミック

80年代に入ると、Apple IIなどの「パーソナルコンピュータ」がついに登場。
ここでの主役はフロッピーディスクです。
ネットがない時代、ウイルスは人の手で物理的に運ばれていました。
これを「スニーカーネット(靴で歩いて運ぶネットワーク)」と呼びます。
まだ、のんびりした時代に流行した忘れられない奴らです。
1970年代のウイルスのお話はこちら

Elk Cloner(エルク・クローナ) – 1982年
当時は最新PCである「Apple II」をターゲットにした最古の野生ウイルス。
作ったのはなんと15歳の高校生!
しかし、感染すると50回ごとの起動時に、彼が書いた「詩」が表示されるだけというかわいいものでした。
エルク・クローナー:個性を持つプログラム
お前のディスクに付着する
お前のチップに浸透する
そう、それはクローナーだ!
接着剤のようにくっつく
お前のRAMも変更する
クローナーを送り込め!
Elk Clonerの凄さ
15歳のリチャードが作ったこのウイルス、何が技術的に凄かったかというと、「ブートセクター感染型」だったことです。
- 感染したフロッピーを入れる。
- PCを起動(ブート)する。
- OSが立ち上がる前にウイルスがメモリに常駐する。
- その後に挿入された「フロッピー」に次々と感染する。
ネットワークがなくても、「人から人へディスクを手渡しする」ことでウイルスが広がる。
これ、まさに現実のインフルエンザと同じ伝播経路といえますよね。
Stoned(ストーンド) – 1987年
「PCがハイになっちゃった?」
ニュージーランドの大学生が作ったとされる、当時、世界で最も感染したと言われるウイルス。
感染したPCを起動すると、8分の1の確率で画面にこう表示されます。
Your PC is now Stoned! (お前のPCは今、ラリってるぜ!)
そして、続けて表示されるメッセージがこちら。
LEAGALIZE MARIJUANA (マリファナを合法化せよ)
政治的なメッセージを主張するためにウイルスが使われた初期の例ともいえるな
Cascade(カスケード) – 1987年

「文字が…落ちてくる!?」
これは見た目のインパクトが絶大でした。
感染すると、ある日突然、画面上の文字が「パラパラと重力に従って下に落ちていく」のです。
今のウイルスの「ステルス技術」のご先祖様だな
Ping Pong(ピンポン) – 1988年
イタリアのトリノ工科大学で発見されました。
感染してしばらくすると、画面上を「小さなボール(点)」が跳ね回り始めます。
文字に当たると、ちゃんと跳ね返るという物理演算付き。
「仕事にならないウイルス No.1」でした(笑)
とフロッピーを抜き差ししてる光景が目に浮かびます
Jerusalem(エルサレム) – 1987年

別名、13日の金曜日。
ここまでは「愉快犯」が多かったですが、こいつは凶悪でした。
イスラエルで発見されたこのウイルスは、PCの中に潜伏し、じっとその時を待ちます。
発動条件は「 13日の金曜日」。なんと、 その日に実行されたすべてのプログラムファイルを削除してしまいます。
特定の日に爆発するという「ロジックボム(論理爆弾)」の恐怖を世界に植え付けたのだ!
史上初の「ステルス機能」搭載ウイルス

1986年。IBM PC互換機で猛威を振るった「Brain」。
パキスタンのアルヴィ兄弟が作った動機は、自社ソフトの違法コピーへの制裁でしたが、技術的には超一流でした。
彼らは自分たちで開発した「心臓モニタリング用のソフト」などを販売していました。
しかし、当時のパキスタンでは、ソフトの違法コピーが当たり前。というか、世界中で当たり前でした。
「俺たちが苦労して作ったソフトが、タダで出回ってる…許せん!」
自分たちの作ったソフトが違法コピーされるのに腹を立て、彼らは考えました。
「違法コピーされたフロッピーを使ったら、PCがウイルスに感染するようにしてやろう。警告文を出して、俺たちに電話させよう」
皮肉なことに、これが世界中に広まってしまったのです…!
Brainの「ステルス」技術
「見つからないように隠れる」という概念を実装したのがスゴイ!
ちなみに、「電話させよう」って書いてあるけどどういうこと?
だが、実際に世界中から苦情の電話が鳴り止まず大変だったそうだ(笑)
世界が止まった日「モリス・ワーム」

1988年11月2日。80年代の締めくくりにして、最大の事件。
これを語らずして、ウイルスの歴史は語れません。
コーネル大学の大学院生、ロバート・タパン・モリスが放ったワームです。
Morris Worm(モリス・ワーム)
彼は「インターネットの規模(接続されているPCの台数)を測りたい」という、またしても知的好奇心で作りました。
しかし、設計ミスがありました。
- すでに感染していたらコピーしない
- でも14%の確率で、感染してても無理やりコピーしちゃえ
この「14%」が命取りになりました。
コンピュータは一瞬で何千回も処理をするので、あっという間に多重感染を起こし、ネットワークが負荷でパンク。
当時のコンピュータは約6万台で10%にあたる6,000台がダウンしました。
NASAやMITも被害にあうほどでした。
モリスは「コンピュータ詐欺および不正使用法」で有罪判決を受けた最初の人物となった
これで、「CERT」が作られるようになったんだ
ちなみに、モリスは、後にMITの教授になったぞ!
「ウイルス」という日常の脅威

「できるかな?(好奇心)」
「これ面白いだろ?(いたずら)」
「コピーすんな!(権利主張)」
70〜80年代は、ある種の”人間臭い”動機で技術が進化していった時代でした。
しかし、モリス・ワームの事件によって、世界は「サイバー空間は、現実世界と同じくらい脆くて危険だ」という事実に気づいてしまったのです。
モリスワーム(1988年)が「自己増殖するプログラム」の脅威を示した一方、90年代はコンピュータウイルスが個人ユーザーを襲い始めます。
初期の「Brain」や「Jerusalem」を経て、1999年、世界はさらなるウイルスの恐怖を味わいます。
そのウイルスは、ハッキングが「特定のシステム」を狙うものから、「不特定多数の一般ユーザー」を巻き込むパンデミックへと変貌した瞬間でした。
90年代は、いよいよ“悪意”が牙をむき始めるのです…!
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