記事を3行で解説
➀Javaの父ジェームズ・ゴスリンは、家電制御用の新言語として開発した。
➁当初プロジェクトは失敗したが、インターネットの普及に合わせ「どこでも動く」特性を武器に世界標準へと躍進させた。
➂彼は現在もAWS等の最先端現場でコードを書き続けており、地位に執着しない「永遠のハッカー」として尊敬を集めている。
昔はこればかりだったからな…!
ベーシックで飽きが来ない感じ、わたしも週3これですね!
今日のカトウは珍しく分かってるな!
口にひろがる香辛料の爽快な香りと辛さ、そしてローストオニオンの深いコク!
今日は、プログラミング言語「Java」を開発したジェームズ・ゴスリンの話をしていくぞ!
Javaの生みの親「ジェームズ・ゴスリン」

偉大な言語である「Java」を開発したのは、ジェームズ・ゴスリン。
彼は1955年5月19日、カナダで生まれました。
プログラマー界隈では「Dr. Java」の異名を持ち、手を動かすことを愛す、”永遠のハッカー“でもありました。
10代で衛星データをハックする
ゴスリンの天才性は、学生時代から暴走気味でした。
高校時代、すでにカルガリー大学の物理学科でアルバイトをし、衛星からのデータを分析するソフトウェアを書いていました。
大学時代、 論文を書く傍ら、あの伝説的エディタ「Emacs」の派生版「Gosling Emacs (Gosmacs)」を開発。
そして、Unixのマルチプロセッサ版の構築、コンパイラ開発、メールシステム開発…
ハッカー文化への貢献は絶大でした。
彼は研究室で起きる「バラバラなハードウェアでプログラムが動かない」という面倒くさい問題を解決するために、「仮想マシン(Virtual Machine)」の構想を練り上げていました。
これが後の Java につながることになります。
高校のバイトって「いらっしゃいませ~、ポテトはいかがですか~」って感じが普通ですよ?
普通の高校生がポテトを揚げている間に、彼は宇宙からの信号をハックしていたんだ
常に泥臭い現場でキーボードを叩き、自分の手を動かすことを愛する生粋の職人(ハッカー)なんだ!
伝説の「Green Project」とオークの木

1984年、彼はシリコンバレーの伝説的企業、サン・マイクロシステムズに入社しました。
ここでJava誕生のドラマが幕を開けます。
家電をハックせよ!
1990年代初頭、ゴスリンたちは次世代のデジタル家電を制御するための極秘プロジェクト「Green Project」を開始しました。
彼らが作ったのは、タッチパネル式の携帯端末プロトタイプ「Star7」。
ゴスリンは当初、C++を使おうとしましたが、「メモリ管理が面倒すぎるし、バグりやすい!」とブチ切れ、新しい言語を作ることにしたのです。
窓の外の木と、コーヒーの香り

この新言語、最初はゴスリンのオフィスの窓から見えた木にちなんで「Oak(オーク)」と名付けられました。
しかし、商標の問題で名前を変えないといけなくなりました。
開発チームが行きつけのカフェでコーヒーを飲んでいる時、誰かが言いました
「Javaでいいんじゃね?」(※諸説あります)
こうして、コーヒーの香りがするプログラミング言語が誕生しました!
Javaのロゴがコーヒーカップなのは、このためです。
でも あの天下の「Java」の由来が、ただのコーヒーですか?
ただ、カフェイン中毒のエンジニアらしくて最高な名称だと思うぞ?
もしその時ゴスリンさんが紅茶派だったら「アールグレイ」とかになってたのか~
失敗、そして「インターネット」という名の救世主

しかし、ゴスリンたちが心血を注いだ「Green Project」と、その成果物である携帯端末「Star7」は、ビジネス的には大失敗に終わりました。
当時のケーブルテレビ業界は、ゴスリンたちが提案した「双方向通信ができる高性能なネットワーク」を受け入れる準備ができていなかったのです。
早すぎた天才の悲劇とも言えました。
プロジェクトは解散の危機に瀕し、開発された言語「Java」も、このまま歴史の闇に葬り去られる運命にある…かに見えましたが…
「死にかけの言語」が目覚めた場所
しかし、1993年頃、彼らは気づきます。
待てよ、我々がケーブルテレビのために作ろうとしていた「多様なハードウェアをつなぐネットワーク」
…これって、今流行り始めているインターネット(WWW)そのものではないのか?
当時、インターネットはまだ静的な文字と画像が表示されるだけの紙芝居のような世界でした。
ゴスリンたちのチームはここに目をつけました。
Javaを使えば、ブラウザの中でプログラムを動かして、アニメーションさせたり、対話させたりできるんじゃないのか?
伝説のデモとNetscape
1994年、彼らはJavaで書かれたWebブラウザ「WebRunner(後のHotJava)」を開発しました。
そして、静止画ばかりのWebページ上で、マスコットキャラクターのデュークが手を振って動き回るデモを披露したのです。
これを見た当時の人々は腰を抜かしました。
これが「Javaアプレット」の誕生です。
1995年5月、サン・マイクロシステムズは正式にJavaを発表。
そして、当時のブラウザ覇者である Netscape が Java のサポートを表明した瞬間、世界は変わりました。
Netscapeを深堀するならこちら!


「Write Once, Run Anywhere」の衝撃
Javaがインターネットの覇者となった理由は、単に「絵が動くから」だけではありません。
ゴスリンが設計した「Java仮想マシン(JVM)」の哲学が、インターネットのカオスな環境に完璧にハマったからです。
インターネットの世界には、Windowsを使う人もいれば、Macを使う人も、Unixを使う人もいます。
普通のプログラミング言語なら、それぞれのOS用にプログラムを書き直して配らなければなりません。
しかし、Javaにはあの魔法の言葉がありました。
Write Once, Run Anywhere (一度書けば、どこでも動く)
ゴスリンは、Javaのプログラムを「OSごとの言葉」ではなく、「JVMという通訳への言葉」として書くように設計しました。
これにより、開発者はたった一つのプログラムを書くだけで、世界中のあらゆるコンピュータでそれを動かすことができたのです。
ブラウザからサーバー、そしてポケットの中へ
こうしてJavaは、インターネットの公用語としての地位を確立。
当初の「アプレット」という役割は、やがて Flash や JavaScript に譲ることになりました。
JavaScriptについてはこちら

しかし、Javaはその堅牢さを武器に、より巨大な領域であるサーバーサイドへと主戦場を移します。
楽天やAmazonのような巨大ECサイト、銀行の決済システム、これら「絶対に止まってはいけないシステム」の裏側で、Javaは黙々と、しかし確実に世界を支えるようになりました。
そして2000年代後半、GoogleがAndroidの開発言語にJavaを採用したことで、ゴスリンの作った技術は、再びユーザーへと帰ってきたのです。
ゴスリンさんが、諦めなかったということですね
華麗なる流浪のキャリア

ジェームズ・ゴスリンのキャリアは、Javaを生み出したサン・マイクロシステムズ時代だけでは語れません。
彼の足跡は、そのままシリコンバレーの激動の歴史であり、真のエンジニアは、どこに居場所を求めるのかという問いへの答えでもあります。
黄金時代とその終焉
1984年から2010年まで、ゴスリンはサン・マイクロシステムズに在籍しました。
ここではフェローや副社長、そして開発者製品グループのCTOといった要職を歴任し、まさにJavaの父として、そして企業の象徴として君臨。
自由な社風の中で技術を探求できたこの時期は、彼にとって間違いなく黄金時代だったと言えるでしょう。
しかし、2010年、運命の歯車が大きく回ります。
データベースの巨人「オラクル(Oracle)」によるサン・マイクロシステムズの買収です。
管理と収益を徹底的に重視するオラクルの企業文化は、自由闊達なハッカー文化を愛するゴスリンにとって、あまりにも異質なものでした。
買収完了からわずか数ヶ月後、彼は退社を決意しました。
後に彼は自身のブログで、オラクルとの関係について「これ以上働くと、離婚調停のようになる気がした」と、彼らしい皮肉とユーモアを交えて振り返っています。
愛する技術を守るための苦渋の決断だったのです。
「楽しいこと」を求めた放浪
2011年3月、オラクルを去った彼が次に選んだのは、インターネットの巨人「Google」でした。
世界中のエンジニアが憧れるGoogleへの入社は大きなニュースとなりましたが、彼はわずか半年でここを去ることになります。
「顔なじみばかりで居心地は良かったが、人生は短い」
彼はもっと根本的な、もっとワクワクする”モノづくり”に飢えていたのです。
その飢えを満たしたのが、新興企業「リキッド・ロボティクス(Liquid Robotics)」でした。
彼はここで、チーフ・ソフトウェア・アーキテクトという現場の職に就きます。
彼らが作っていたのは、海洋データを収集するための自律型無人ボート「ウェーブグライダー」。
Javaの原点であるGreen Projectが家電の制御であったように、ゴスリンの魂は、画面の中だけのコードではなく、荒波に揉まれながら動くロボットという、物理的なリアリティを求めていたのでしょう。
彼はここで水を得た魚のように、再び泥臭い開発の最前線へと舞い戻りました。
そしてクラウドの頂へ
リキッド・ロボティクスがボーイング社に買収された後、2017年5月、彼は新たな天地として「Amazon Web Services(AWS)」を選びました。
彼の肩書きは、Distinguished Engineer(卓越したエンジニア)でした。
クラウドコンピューティングの王者であるAWSで、彼は現在もIoT分野などに深く関わっています。
Javaという不滅の遺産を残しながらも、過去の栄光に安住せず、還暦を過ぎてもなお「最先端の現場」でコードと向き合い続ける。
この流浪のキャリアこそが、ジェームズ・ゴスリンという人物が、経営者ではなく”永遠のハッカー“であることの何よりの証明なのです。
言語ひとつにも、一人の天才の人生が詰まっているだろう?
ゴスリンが窓の外のオークを見てなかったら、、、と思うと。
よーし、Javaで何か作りたくなってきました!
先生は嬉しいぞ!
早速、Hello Worldから始めてみるのじゃ!!
今日は、リンゴとハチミツも隠し味に入れて、一晩寝かせた本格派で作ってみたいと思います!
ゴスリンが愛した「シンプル」と「無理数」

Javaの開発者会議「JavaOne」の第1回基調講演で、ゴスリンはこう言いました。
“Keep it simple”(シンプルさを保て)
多機能で複雑になりがちなプログラミングの世界で、彼は常に人間が理解できるシンプルさを追求しました。
だからこそ、Javaはメモリ管理を自動化し、ポインタ演算という危険な機能を排除しました。
偏愛する数字
ゴスリンのオフィスには、ある額縁が飾られていました。
中に入っているのは、無理数 $\sqrt{2}$(ルート2)の最初の1,000桁の数字。
彼は「割り切れないもの」「未知のもの」をハックすることが大好きなのです。
ゴスリンの好奇心と複雑なものをシンプルにしたいというエンジニア魂。
それがJavaという形になり、今、あなたが使っているスマホの中で、Webサイトの裏側で、静かに、しかし力強く動いています。
そう思うと、無機質なコードの羅列も、少し愛おしく見えてきませんか?
Javaエンジニアの年収は?
そんなゴスリンが生み出した「Java」
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