記事を3行で解説
➀フォン・ノイマンはノイマン型コンピュータの基本構造を確立し、現代コンピュータの礎を築いた天才数学者。
➁若くして数学・化学・物理学の博士号を持ち、量子力学からゲーム理論まで多方面で革命的な功績を残した。
➂ノイマンの発想と原理は今もなお全てのIT技術の核心となっている。
なかった時代が想像できない…
ノイマン型コンピュータは、「プログラム」と「データ」をともに記憶させ、CPUが命令を順番に読み取って実行するという体系的な構造を打ち出したのが革命的だったのだぞ!
ノイマン型以前のコンピュータはどんなのだったの?
データは「カード」や「穴あきテープ」で入力していたんだ
この方式だと、プログラムやデータがコンピュータの外に物理的な形で存在するので修正や管理が大変そうね(笑)
ジョン・フォン・ノイマンについてもっと教えてよ!
ジョン・フォン・ノイマンは幼少期から天才

20世紀の科学史を代表する天才数学者であり、現代コンピュータの設計原理を確立した、20世紀科学史でもひときわ特異な輝きを放つ存在である「ジョン・フォン・ノイマン」!
一体どんな人物だったのでしょうか?
神童
ノイマンは1903年、ハンガリー・ブダペストで法学博士の父と商人の祖父をもつ裕福なユダヤ人家庭に生まれました。
少年時代からあふれ出る才気は群を抜き、その記憶力は、幼少期には電話帳を暗記し、ギリシア語やラテン語の古典、歴史書から高等数学までを貪るほどだったそうです。
また計算力も並外れており、6歳で8桁の割り算を暗算でこなしたという逸話や、8歳で「微積分法」を完全に理解し「関数論」を12歳の頃に読破したというエピソードも残されているという「神童」っぷり。
微積分は日本では高校3年生、関数論は理工系の大学1~2年次に学ぶ内容です。
その『記憶力』と『計算力』が基礎となり、早くから数学の才能を開花させたのでした!
大学生でもぶっちぎりの学力
そんな天才ノイマンは大学生に進学しました。
大学時代のノイマンは、3つの大学に同時に籍を置き、1925年にはスイス連邦工科大学で化学工学の学位を取得。
翌年にはブダペスト大学から数学博士号を取得するという神業をやってのけます。
わずか23歳で「数学・化学・物理学」の博士号を持つ異色の研究者となりました。
これは父親が「実利的な専門を」と願って化学工学を勧めた背景もありましたが…
ノイマン自身は数学への情熱を貫き通しました!
理系分野の枠を超えて学び続ける柔軟な知性は生涯変わらず、純粋数学から量子力学、経済学、工学、計算機科学、果ては軍事や気象予報まで、あらゆる分野に革命的な業績を遺しました。
ノイマンは後に、ゲッティンゲン大学で世界的数学者ヒルベルトの下で研究を深め、わずか若干20代半ばでヒルベルト学派の旗手に躍り出ることになります!
アインシュタインも認める天才

1930年代、ナチスドイツの台頭によってヨーロッパのユダヤ人は迫害され、多くのユダヤ人はアメリカに移住しました。
ノイマンも、その1人でした。
アメリカに移住したノイマンは、世界最高レベルの研究機関とされるプリンストン高等研究所の所員に選ばれました。
同僚には、なんとあのアルバート・アインシュタインや映画にもなったオッペンハイマーがいました。
アインシュタインは、ノイマンを「我々の中で1番頭が良い」と称賛するほど!!
プリンストン時代は量子力学の厳密な数学的基礎の構築やゲーム理論の創始、『ゲーム理論と経済行動』の執筆など、複数の分野で革新的な功績をあげました。
アインシュタインについてはこちらの記事をチェック

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マンハッタン計画と科学の最前線
アメリカは、ドイツとの戦争に参戦し、ドイツに先駆けて兵器を開発するために「マンハッタン計画」を実行します。
ノイマンは、マンハッタン計画に顧問として参加しました。
この計画では、多くの計算が必要だったので、ノイマンは効率的な計算機の必要性を実感することになったのです!
ノイマン型コンピュータ

1940年代後半、大量の計算処理が求められる時代背景の中で、ノイマンは現代のコンピュータの礎となる「ノイマン型コンピュータ」のアイデアを世に示します。
それまでのコンピュータは、「ケーブルの差し替え」や「パンチカード」などによって外部からプログラムを与えていました。
しかしノイマンは、コンピュータの中に「プログラム」と「データ」をともに記憶させ、CPUが命令を順番に読み取って実行するという体系的な構造を打ち出しました。
こうした「プログラム内蔵方式」や「ソフトウェアとハードウェアの分離」は、今もすべてのコンピュータ、スマートフォン、サーバーの基本原理になっています。
実際、ENIACという初期の電子計算機の後継機であるEDVACの基本設計をノイマンが理論化し、現代の「ノイマン型」コンピュータという呼称が定着したのです!
ENIACとEDVAC
アメリカ軍は第二次大戦中、並行して弾道計算用のコンピュータの開発も行っていました。
その成果として、1946年に完成したのが最初のコンピュータといわれる「ENIAC」です。
「ENIAC」は、モークリーとエッカートという2人の技術者によって開発されました。
しかし、完成したときには戦争が終わっていたので、結局その目的は達成できませんでした…
「ENIAC」は、現在のコンピュータと異なり、プログラムやデータを外から与える方式でした。
ENIAC の後継として開発されたコンピュータが「EDVAC」です。
「EDVAC」を設計・開発したのもモークリーとエッカートの2人です。
モークリーとエッカートについてはこちらをチェック

しかし、コンサルタントとして後からプロジェクトに参画し、理論的な裏付けを論文として発表したノイマンの名前が有名になってしまいました。
そして、「ノイマン型コンピュータ」として定着してしまったのです。
実際に開発したのはノイマンじゃないの!?
世界最高の頭脳を持つフォン・ノイマンによって、コンピュータの基本的な仕組みが作られたが、ノイマン自身がコンピュータを完成させたわけではない
ITエンジニアのお金の話
今もノイマンのアイデアが深く根付いているIT業界。
現代のITエンジニアは、コードという魔法で世界中の「困った」を解決し続けています。
そして、先人たちが今のITの可能性を引き上げ、今や、ITエンジニアは不可欠な存在となりました。
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