【30年前のエンジニア事情】フリーランスエンジニアの回顧録

記事監修
(株)ライトコード代表取締役 金城直樹
元フリーランスエンジニア。「自分で作ったものを自分で触れないのは物足りない」と考え、BtoC向けのWebアプリ・モバイルアプリ開発を専門とした(株)ライトコードを2011年に創業。
「好きを仕事にするエンジニア集団」を掲げ、現在、50人以上のエンジニアを束ねる。会社経営の傍ら、今だに第一線で活躍するエンジニアでもある。開発のことなら何でもござれな「何でも屋」。趣味は釣り。

記事を3行で解説

➀Windows95の登場が、MS-DOS時代からの転換点となり、パソコンが一気に身近になった。

➁当時はVisual Basicが全盛で、クライアント・サーバからWebシステムへの移行が始まった。

➂エンジニアの待遇は悪くなかったが、キャリアパスは限られ、今の自由な働き方とは対照的だった。


【屋台アイティーアン軒】
今宵も悩めるフリーランスエンジニアが屋台へ訪れる…

タカシタカシ
大将、やってる?
大将大将
へい、らっしゃい!
今日は何にする?
タカシタカシ
30年前のエンジニアってどんな感じだったのか気になってます!
大将大将
そうだなぁ
あれは、Windows95が出た年。
あの瞬間、世界中のエンジニアが震えたんだ
タカシタカシ
おお~、伝説の年ですね
大将大将
ああ、まさに「パソコンが人の手に戻った年」だった。
あれを境に、開発現場の空気も、エンジニアの生き方も大きく変わっていったんだぜ

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目次

30年前、OS環境に革命…!?

大将大将
へい、おまち!
今日は、Windows95をイメージしたラーメンだ
タカシタカシ
いや大将
ラーメン屋で「Windows95」は渋すぎませんか?(笑)
大将大将
いいじゃねえか、魂が熱い話はラーメンに合うんだよ。
ほら、まずは一口食ってみな
タカシタカシ
(ずずっ……)
う、うまい……ッ!
この旨味の深さ、まるでWindows95の衝撃…!
大将大将
じゃあ、あんちゃん
麺ををすすりながら、30年前の1995年にタイムスリップしてみようか

30年前の1995年。

あの年、ついに Windows95 が世に放たれました。

それまでパソコンを支配していたのは MS-DOS

会社のお偉いさんのパソコンには「Windows 3.1」が入っていて、若手社員がみんな「なんだあのカラフルな画面は!?」と羨ましそうに眺めていた時代です。

令和の皆さんには伝わらなそうですが、MS-DOSとは、(乱暴に言えば)”Linuxの祖先”みたいなもの。

画面は黒地に、カーソルがチカチカ点滅するだけ。

そこにひとつひとつコマンドを打ち込んで、ワープロなら「一太郎」、図形描画は「花子」、表計算は「ロータス1-2-3」を起動する。

そんな職人じみた操作が、当時の「日常」でした。

さらには、ウィンドウを複数開くという概念すら存在せず、作業は常に一度にひとつだけの時代。

そこに現れたのが Windows95でした!

スタートボタン、タスクバー、マルチウィンドウ、そして、ダブルクリック。

今では当たり前のこれらすべてが、初めて世界に登場した瞬間だったのです!

初めて複数のソフトを同時に動かしたとき、みんな心の中で叫びました。

「こ、これが未来だ……!」

それは、まさにパソコンが人間の生活に入り込んだ瞬間だったのです。

30年前のWindows95こそ、現在の開発環境への最初の大きな一歩でした。

タカシタカシ
一太郎、花子、ロータス…
令和の若い子たちは、誰も知らないでしょうね(笑)
大将大将
だな(笑)
それにしても、当時のWindows95フィーバーはものすごかった
タカシタカシ
ああ、思い出した!
23日の0時に販売解禁を迎えた秋葉原にはWindows 95を求める人がごった返し、まるでお祭りのような事態になってましたよね
大将大将
社会現象だったよな。
マイクロソフトのサポートセンターで働いていた友人は、電話が鳴りっぱなしで寝られなかったそうだ
タカシタカシ
どんな問い合わせが多かったんですか?
大将大将
一番多かったのは、「買ったはいいけど、何に使うんだこれ?」って質問だったらしいな
タカシタカシ
はははっ!
時代を感じるなぁ
大将大将
それでも、あの混乱を含めて、すべてが”新しい時代の幕開け“だったんだ

30年前のエンジニアの待遇ってどうだったの?

タカシタカシ
ところで、30年前のエンジニアの待遇はどうだったんです?
大将大将
それがな…
当時から意外と悪くなかったんだぜ

今と変わらず、当時もエンジニア不足は深刻で、常に人手が足りない状況でした。

だからこそ、会社も待遇にはある程度力を入れていました。

「土日祝は休み」「残業代もしっかり支給」「有給もとりやすい」「一部はフレックス勤務」

今と大きく変わらないどころか、むしろ今より環境が良かったかもしれないと感じる人もいたとかいなかったとか…(笑)

ただし、ひとつだけ大きな問題がありました。

それはキャリアパスの狭さです。

まずはプログラマとして現場に入り、数年後システムエンジニアに昇格。

その先は“管理職”の道しか見えていませんでした。

現場でコードを書き続けたくても、給料を上げようと思えばスーツを着て会議に出るしかない。

そんな構造だったのです。

大将大将
当時はまだ「技術で食っていくキャリア」という概念が浸透してなかった。
いわゆるフェロー職やテックリードのようなポジションも存在しねぇ時代だ
タカシタカシ
今のように技術職のキャリアパスを会社がきちんと考えてくれる時代と比べると、正直、息苦しそうですね。
フリーランスって言葉も、まだ一般的じゃなかった頃ですしね
大将大将
そうだ。
当時は「会社に属して働く」のが当たり前だったからな。
でも今は、技術一本で生きるも良し、独立して働くも良し。
本当に、いい時代になったな
タカシタカシ
昔の人が今の環境を見たら、きっとびっくりするでしょうね

30年前の開発環境ってどんなの?

タカシタカシ
30年前って、開発環境はどんな感じだったんですか?
大将大将
今みたいに選択肢が山ほどある時代じゃねえからな。
辛いことも多かったな…

当時は、まだ汎用機やオフコン(オフィスコンピュータ)が主流。

ようやく「より安価に構築できるUnixサーバ」に移行する“ダウンサイジング”が始まったころでした。

クライアントとサーバを分けて運用する、いわゆるクライアント・サーバ方式が注目され始めた時代です。

サーバ側の開発言語は「COBOL」か「C」。

クライアント側は、ほぼ「Visual Basic」一択。

今思えば、必要なスキルセットが少なく、むしろ開発者にとっては生きやすい時代でもありました。

ただし、問題は設計でした!

当時は、詳細な設計書や明確な仕様定義が存在しない現場が多く、「概要設計をざっくり口頭で共有 → プログラマが手探りでトライアンドエラー」という開発スタイルが一般的でした。

結果として、仕様はプログラマの頭の中という恐ろしいシステムが量産されていきます。

担当者が異動したり退職した瞬間、そのシステムは実質ブラックボックス化。

改修を試みても、動かすたびに予期せぬバグが噴出し、ついには「誰も触れないシステム」になっていく…

そんな悲劇があちこちで起こっていました。

タカシタカシ
うわぁ…悲惨ですね
大将大将
ああ。
今でこそ設計書やコードレビューが当たり前だが、当時は“プログラム開発そのものが試行錯誤の文化”だった
タカシタカシ
まだ成熟していなかった時代ですからね
大将大将
でも、自由で熱かった時代でもあったぜ

VisualBasicが一世を風靡した時代

大将大将
Windows 95が登場して、クライアント・サーバの時代へと大きく舵を切った
タカシタカシ
それまではどんな感じだったんですか?
大将大将
それまでは、いわゆる「汎用機」がすべてを支配してたんだ。
クライアント側といっても、画面が表示されてキーボードが打てるだけの“DUMB端末”ばかり。
名前の通り、端末自身には頭脳が無ねえ(笑)

パソコンがようやく“業務で使えるレベル”にまで進化してくると、生まれたキーワードが 「ダウンサイジング」でした。

その波の中で、開発者たちのハートをつかんだのが Visual Basic

特に後期の Visual Basic 6.0 は、まさに時代を象徴する存在でした。

当時の現場では「システムといえばVB6」と言われるほど。

  • BASICベースの理解しやすい構文
  • 一式そろったIDEによるオールインワン開発環境
  • 実行ファイル(.exe)を配布すれば即動く手軽さ

これらが、企業システム開発を一気に民主化しました。

プログラムを書くことが”専門家だけの仕事”ではなくなり、街の中小企業でもシステムを内製できる時代が来たのです!

大将大将
…とはいえ、完璧じゃなかった。
最大の弱点は、ネイティブコンパイルできなかったこと
当時のPCはまだ非力で、C言語のようなネイティブコードと比べると、VBはどうしても実行速度が遅かった
タカシタカシ
大勢のクライアントから同時アクセスされた瞬間、顕著にボトルネックとなったわけか
大将大将
ああ。「VBは大規模システムには向かない」そんな評価が付きまとうようになったのも、この時代だ。
でも、VBが生み出した“すぐ作って動かせる文化”は、その後のWebアプリケーションやスタートアップ文化の礎になったと言っても過言ではねえな
タカシタカシ
あの頃、あのIDEの灰色の画面に、未来の種が確かに転がっていたんだなあ

Webシステムという新しい概念が生まれた時代・・・

タカシタカシ
VBが全盛期を迎えたって話、めちゃくちゃ面白いですね。その後はどうなったんです?
大将大将
そこからIT業界に、まるで黒船のように登場したのが、Sun Microsystemsの Java

Javaは、当時のVisual Basicとはまったく方向性が異なる”サーバ開発寄り“の言語でした。

VBがクライアントの画面や操作性に強みを持っていたのに対し、Javaはネットワーク越しの処理を得意としたのです。

一応、クライアント上で動かす「アプレット」や「サーブレット」といった仕組みもありました。

しかし、処理速度はVBよりも格段に遅く、業務アプリケーションの現場ではまったく流行りませんでした。

でも、Javaが登場したことで「Webシステム」という新しい概念が生まれたのです。

当時のクライアント・サーバ型システムは、クライアント端末ごとにアプリをインストールしなければならず、100台あれば100回インストール…という、とんでもない手間が必要でした。

もちろんキッティングで多少の効率化はありましたが、現場はいつも「アップデート作業との戦い」でした。

そこに現れたのが、ブラウザさえあれば動く Webシステム です。

しかもWindowsには標準でInternet Explorerが搭載されており、ユーザー側に特別な設定はほぼ不要。

この「ブラウザだけで完結する」アーキテクチャは、運用担当者にとって夢のような仕組みだったのです。

Javaはその波に乗り、かつてのクライアント・サーバ型アプリを次々と飲み込んでいきました。

初期のWeb画面は味気ないグレー一色でしたが、HTMLやCSS、JavaScriptが発展するにつれ、見た目もどんどん洗練されていきます。

そしてこの流れが、今日まで続くWebアプリケーション開発の礎となったのです!

タカシタカシ
なるほど…
JavaがWeb時代の扉を開いたわけですね。
大将大将
そうだ。
当時は混沌としてたけど、どの現場にも”未来を信じる熱“があった。
今の洗練された技術も、あの頃の挑戦があったからこそだ。
タカシタカシ
いやぁ…
30年の進化をこうして聞くと、まるで一冊のドキュメンタリーみたいですね
大将大将
技術は変わっても、コードを書く”“そのものは変わらねえからな
タカシタカシ
当時の人たちが信じた未来が、今の僕らの現場につながってるのか
大将大将
あんちゃん、いいこと言うねえ
だからこそ、これからコードを書く若いエンジニアたちにも伝えたい。
焦らず試行錯誤を楽しめ。今の君の1行も、誰かの未来につながっている」ってな
タカシタカシ
ジーンとしました。
僕も、明日からまたがんばれそう!
大将大将
昔を思い出して、あの頃の”“を取り戻すんだぜ

当時のITエンジニアの年収のお話

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当時のITエンジニアの平均年収は約460万円程度だったと考えられています。

そして、現代のITエンジニアの年収は、一般的に約458万円~462万円と程度といわれていますので、今とほとんど変わらない年収額に危機感を覚える方も多いはず。

現代のITエンジニアは、日本の平均年収より高い水準ですが、エンジニアの世界には、年収1,000万円超えのポジションもゴロゴロ。

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